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趣味の木工とキルト達
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2019.01.09/ 11:08(Wed)
昨年の各務原の古墳説明会で、活発な”古墳少年”に会いました。

彼のツイッターを見た所、あの後、美濃市の古墳を回っていました。

で、思いついて出掛けました。

最初は「前野古墳」です。
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近くにこんな道標が…かっては道があったのかも。
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円墳です。回りを撮って来ました。
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横穴式石室の天井石が、危険な状態で中へは侵入禁止になっていました。
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次は、笠神の「殿岡古墳」です。
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市内最大の石室を持った古墳で、墳丘や石室が、完全な状態で残されています。
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石室の高さは1.8mあり、人が立ったまま入れます。
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ここも円墳です。

最後は「加治屋古墳」です。
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かわいい古墳です。

なぜか墳丘上部に”五輪塔”が…?
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正月明けの”ミニウオーキング”でしたが、まだ消化不足のため、清流里山公園まで移動し、公園内を歩きました。

やっぱり気持ちがすっきり…外はいいですね~。




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2018.12.26/ 14:40(Wed)
”日本三大水城”の一つ「高松城」へ出掛けました。

瀬戸内の海水を引き込んだ堀には、海の魚が泳いでいます。
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20万坪あった往時と比べると、現在は2万4000坪だという事ですが、十分広かったです。
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東入口から入りました。
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桝形から「艮櫓」が見えます。
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大きな千鳥破風が特徴です。

そこから進むと「披雲閣」の重厚な建物と、庭園が見えて来ます。
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藩の政庁、藩主の住居として使われていた建物で、142畳の大書院もあるそうです。
庭園は名勝指定されています。

その先に「月見櫓・水手御門・渡櫓」が現れます。
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月見櫓は総塗籠造りで、
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それに連なる水手御門は”海の大手門”です。

そこから水門まで戻る途中に公園内で拾った松ぼっくりで「松ぼっくりツリー」が作られていて、とても素敵でした。
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二の丸跡から「天守閣」跡には「鞘橋」が架けられています。
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唯一の連絡橋です。
いざというときには、橋を落として天守を護ったと言われます。

天守閣跡に登って
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(天守の礎石)
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見た景色です。
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すぐ近くに瀬戸内海が見えます。
さすが水城です。
「讃州さぬきは高松さまの 城が見えます 波の上」と海からの眺めを詠ったそうです。

ここ一帯を「玉藻公園」と呼び、高松城も、またの名を「玉藻城」というそうです。
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由来は万葉集で柿本人麿が、讃岐の国の枕言葉に「玉藻よし」と詠んだことに因んで、このあたりの海が玉藻の浦と呼ばれていたことによるそうです。

お城マニアでしょうか、若い人が多かったです。

これから”お気に入り”の場所「八幡浜」へ回ってから帰ります。




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19日の新聞で知り楽しみに出掛けました。

各務原市にある「坊の塚古墳」です。
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時々雨がパラパラと来る天気でしたが、現場では100人を超える”古墳大好き人間”の熱気が溢れていました。
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4世紀末に造られた岐阜県で二番目に大きい古墳です。
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ここで三段の石積み(葺石)が明らかになったのです。
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各務原市教委の近藤学芸主事さんの、とても解りやすい説明を聞きました。

資料から抜粋すると…すべての調査区で、古墳の盛土を覆っている葺石が見つかった。
堆積した土を取り除くと、一面に葺石が現れ、その一番下には、葺石を支える基底石という大きめの石が配置されている。
古墳の表面は階段状になっていて、斜面にのみ葺石が貼られている。
斜面と斜面の間には小段(平地)があり、この古墳は3段に造られている。
大和朝廷の許可がなければ造れない時代に、3段の墳墓を造れる富と権力を持った豪族の墓ではないかという内容でした。

また、前方部と後円部の境目も、基底石が途中できれいに折れ曲がって並べられていてとてもよく分かりました。
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説明の後、上へ登って見学しました。

三段の墳頂部では、円筒埴輪が4個、見つかった状態のままにしてありました。
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またテント内では、今までの調査で出土した土器等が展示されていました。
後円部の墳頂部で行われた祭祀に使われたとみられる様々な遺物です。
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「古墳王子」と思われる小学生からの質問を聞き、将来の後継者かも…と頼もしく思いながら帰路につきました。





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2018.12.14/ 16:11(Fri)
”仁和寺”の秋の特別拝観「金堂裏堂~五大明王壁画・経堂」初公開へ出掛けました。

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金堂裏堂は通常、一般の人は目にすることが出来ない場所ですが、372年を経て今回、国宝”金堂”と、重要文化財”経堂”が特別初公開されていることを知りました。

ちょうど「青春切符」が使えます。

JRを乗り継いで「京都」へ、京都からJR嵯峨野線で「花園」へ。

花園駅から1.3kmを歩き「仁和寺」へ。
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仁王門を潜ります。
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五重塔の美しい姿です。
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金堂です。
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もちろん内部は撮影禁止ですので映像はありませんが、パンフでご覧ください。
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一枚が高さ2m、幅3mの大作です。

壁画前での御坊様のユーモア溢れる解説は、とても解りやすく楽しかったです。

壁画も今まで非公開だったためか色彩がすばらしく、ため息ものでした。

次は「経堂」です。
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引き出しの”字”は、「いろはにほへと」の様な符丁だそうです。

経文も当初のまま入っているそうです(回してみてほしかったです)。

門前で昼食を取り、京都駅まで戻り、奈良線で「伏見稲荷」へ。

電車がすごく混んでいました。

そして「稲荷」駅でほとんどの乗客が下車し、「伏見稲荷」へ向かいます。
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初詣の様な人出です。

駅前のモニュメントです。
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桜門です。
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最初の鳥居を潜ります。
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千本鳥居を潜って登ります。
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人を避けての写真は無理でした。

階段あり、下りあり、坂道ありの参道を進みます。

途中の祀ってある所の写真です。
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そして「山頂」到着。
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登り始めの寒さは吹っ飛んで、汗びっしょりの”登山”でした。

いつかは一番上まで登ろうね…と言っていたことが実現しました。

京都に戻り帰路に。

今日はJRばかりだったので”青春切符”がとても有効に使えました。

混んだ電車にいかに座るか…が、なかなか上手くなった”お気楽四人組”の旅でした。(今日の歩きは19.500歩…よ~く歩けました!)






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2018.12.06/ 16:23(Thu)
恒例の”リンゴ買い”に松川へ出掛けた帰りです。

「松岡城跡」の案内に惹かれ寄り道。
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この城は、高森町南部の天竜川を望む標高560mの段丘先端部に立ち、多くの空堀や土塁を施して防備を堅固にしています。

縄張図や鳥瞰図を見ると、とてもよく解ります。
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深く掘られた”空堀”は、しっかりと現存していて、五つの曲輪が並んだ形になっています。
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最先端の曲輪からの眺望もすばらしいです。
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曲輪の中に建つ「松源寺」は、松岡氏の菩提寺です。
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また、この寺は今川氏に命を狙われた亀の丞(井伊直親)が、井伊谷へ戻るまでの10余年を過ごした寺だと知りビックリしました。(昨年の大河ドラマ「直虎」での”亀の丞”の姿をはっきりと覚えています。)
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偶然立ち寄った場所での思いがけない”出会い”です。

やっぱり少しでも興味を持ったら、訪ねてみることが一番ですね。



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